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光圀公ゆかりの歴史の地


大正ロマンただよう
 なす風土記とは


 ▲なす風土記の丘資料館概観
 風土記(ふどき)
  奈良時代初めの713年、元明天皇が地方の国々に、それぞれの国の郡、郷に良い名前をつけ、
  国の動植物や特産物、山や川の名前の由来、古い言い伝えなどを記すよう命じました。
  これが『風土記(ふどき)』です。
 
  現在残っている風土記は5つの国のものだけですが、当時の風土や
 歴史を知るための貴重な史料といえます。

  郷土の歴史や風土を代表する史跡を広い地域で保存し、整備することを
 「風土記の丘」と呼びます。あわせて資料の収蔵・展示など風土記の丘を
 有効に活用する拠点としてつくられた施設が「風土記の丘資料館」です。



 
  栃木県北東部を南流するこの那珂川流域には、河川に沿って数多くの文化遺産が残されています。
 東北地方や北陸地方、南関東地方の文化の接点として各地域の影響を受けた独特の文化が縄文時代
 から連綿と続きます。
  特に那珂川と箒川が合流するなす風土記の丘周辺は、古墳時代には栃木県で最も古い時期に築造
 された駒形大塚古墳をはじめとして、前方後方墳が狭い範囲に次々と築造され、奈良時代には那須郡
 の役所である那須官衙遺跡が置かれるなどこの地域が古代那須国の中心地とみることができます。


 常設展示
  那珂川町なす風土記の丘資料館では、常設展示テーマを「よみがえる那須古代文化の軌跡」として、
 導入展示で周辺の地形や文化遺産の分布を概観し、縄文時代から奈良・平安時代にわたり5つのテーマ
 を取り上げ、全体として那須の古代文化を概観できるようになっています。
  展示には実物資料とともに復元模型や映像等を用い、より深く理解できるよう工夫しています。
   
展示室のようす
   Ⅰ 導入展示
   「なす風土記の丘」及びその周辺を含む地形模型により、那須の地形の特徴や史跡の分布を概観し、
  あわせて史跡見学案内も兼ねています。
 Ⅱ 那須の縄文人
   那須の縄文人は、自然に依存しながらも、限られた素材から種々の道具を工夫・製作し、他地域の
  縄文人とも交流を図りながら、その生活を向上させていたことを解説します。

  
    ▲三輪仲町遺跡竪穴住居(復元・実物大)

   
 Ⅲ 巨大墳墓の時代
   那須では、4世紀中ごろから5世紀初めころにかけて、質量ともに優れた副葬品
  をもつ前方後方墳が、狭い範囲に集中して次々に築かれます。また、6世紀後半ご
  ろには、横穴式石室を埋葬施設にもつ前方後円墳が各所に築かれています。ここで
  は、こうした那須の古墳文化の特色、他地域と比較しながら解説していきます。

     
    ▲展示室のようす                  ▲川崎古墳石室(復元・実物大)
    
 Ⅳ 古墳の終末と仏教文化
   那須では、7世紀に入ると、大形の古墳にかわり小円墳や横穴墓が一定の場所に群をなしてつくられ
  ました。また、このころ、県内では、初めてこの地で仏教寺院が建てられています。ここでは、那須の
  こうした新しい動きの背景を探ります。


          
     ▲展示のようす                   ▲浄法寺廃寺跡出土 鐙瓦

 Ⅴ 新しい政治と地方の文化
   那須は、律令制の成立に伴って、下野国那須郡として新しい政治体制に組み込まれ、資料館の東側
  には、那須郡の役所である那須郡衙が設置されました。ここでは、那須郡衙の概要やその役割、また
  律令制下の那須の産業を解説しています。


     
     ▲那須官衙遺跡 正倉(模型)

 Ⅵ 都への道 東山道
   奈良時代、中央政府は律令に基づく政治を地方にいきわたらせるため、奈良の都と地方を最短距離で
  結ぶ官道を建設しました。那須には、都と陸奥国(今の東北地方)を結ぶ東山道が通過していたと考え
  られています。ここでは那須烏山市で発見された東山道跡の調査成果に基づいて、東山道の意義や那須郡
  との関わりを説明しています。


 
   

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